2012年02月26日

あるターニングポイント

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と、いうわけで
思い出を語る

ちょっと長文になるが整理はひつようか

魔法少女まどか☆マギカというアニメにであってから一年経った
自分はこの十年以上アニメをまともに見ることをしていなかった
仕事としてのアニメーター時代はやってるアニメなんかは欠けることなく
目を通す毎日だったし、このメディアが好きだったからそうしていた
時間がたち仕事としてのその業界を去ることになり
ある時点からアニメの視聴をすることは困難になってきた
自分の趣向と大きくかけはなれて理解をする事が難しくなったからだ

ある種この分野の製造プロセスの一端を担っていた部分も
崩れ始めていたようにおもう
それは、人気漫画というものを原作にしてテレビでアタリを出し
次につなぐというものだ
テレビから脱却したいという願望はもとからあった
だから成績(視聴率)がわるくなり追い出されたという事ばかりでもない
当初からまずしい金の循環にあえいでいるこの業界だが
わずかでも自立、…自律…か?
自律したサイクルで走る事を夢見てきて、時代がそれを可能にはしたと思う

ただ、足りない部品があった…独立した瞬間、原作というエンジンが
ないことに気がついた、しかもエンジンがないとはしれない
この巨体を動かすのは木造帆船にオールをつけて奴隷のように漕がないと
前に進むわけもなくふたたび、いや、まえより悪い状態になってしまった

まえからこのメディアを分解しようとしていた角川なんかは
分解することでエンジンを作ったわけだ
それはラノベと呼ばれている
あれは何なのかというと、よく言われている漫画の「原作」ってやつだ
それを本にして売ってるに過ぎない

うまくいけば、それを展開していろいろ出来る
だめならば途中でやめれば損失は最小限にできる
やり方としてはうまい…が、
エンジンはかなり貧相だ
でも、このやり方は今のところベストなのだろう

アニメ業界はこのように原作部分をアウトソーシングしてきた
ゆえに原作部分の育成はまったくないといっていい

ではナニをどうするの?

ただ、アニメを作る装置としてアニメスタジオがあり、
プロデューサーがうろうろして使えるエンジンを探している
でもある種この生産状態で生存しうる環境を手に入れたように思える
アタマは空っぽ、ただキャラのデザインがあり、声優がそこに声をあてる
そうしただけで、ただの絵でしかない女の子の絵が人格を持っているように
思い込む事が可能になる
それを眺めているだけで満足する層からはお金を取れるという
相関関係が成立したみたいだ
たまたま女の子といったがメカでおきかえてもいい
この層の望む形態は、何もおきてほしくないというか、おきなくていい
現状維持、まったく状況が変化したり、おおきく変わったりすることを望まない
アイドルを眺めて楽しんでいるのとあまり変わらない
もちろん別にそれはかまわない、このことを悪いという気もない

しかし、完全に追い詰められていないか?

決まった顧客と商売するのは安定はするが(それも極貧な安定だが)
ぬるま湯の中でやがて来る凍死を待つようなものじゃないか
十年の評価は次の十年にやってくる
一葉化は破滅のシナリオだ

一方、アニメはもうひとつの道をみつけた
ブランド化というヤツだ
こっちも成功はしている…今のところ…だが
この道はある一人のアニメーターが支えていて、その人が世を去ると
たぶん壊滅する
これでは仕方ない
道とよべるだろうか?

まぁ、こんなのは見ている人にはどうでもいい話なのだが

人の趣向にとやかく言うのは無粋というものだろう
問題はいつも自分の趣向だ

このような状況であるからして
自分がアニメをみるような事はもうないのだろうと
おもっていた
「萌え」(あるいは寸止めぽるの)一色の状況で
どのようなものをみても耐えられない
時間軸というものがある以上
何かが変化してほしい
心がかわる、状況が変わる、事態の変化によって
登場人物はどう反応してどう行動していくのか
それによってそこに居るキャラクターたちがどうなるのか
その結果どうなるのか、それによって作者はナニを
みせようとしているのか、訴えてくるのか…?
つまりは、ドラマを見たいわけなのに
一切、何も語れない辺鄙な脚本の意味不明でナニにつながるのかも
わからない台詞が聞こえてくると本当にはきそうになる

このあたりの話は当時の別のブログにもかいたのだが
ここのブログでまた重ねて書くことにする
思い立って2007年に好みをすてて
見れる限りのアニメに目をとおしてみた
感想は端的に…「いみがわかりません」だった
ナニがしたいの?
マジメに筋を追っても最初から意味がないような
不可解な脚本ばかりだった
漫画原作系はその部分はしっかりしている
それは漫画の作られ方に起因しているのだが
自由にやっていいはずのものはなんかどうしようもナイ
こっちは意欲的に見ようとしているのに超絶的に拒否されるみたいな…

作画に関してはもう、申し分ない
アニメーションワークはもう頂点を極めているだろう
美しいしすばらしい世界が絶賛しているのはこの部分だ
でも、徹底的にフレームが貧相だ

自分が視聴を続けられそうなものはまったくなかった

こうなると周辺で遊んでいるしかない
本尊はさておきキャラだけつかってパロディしたのを(同人とかの類)
見たり描いたり…
状況としてはそんな感じだ

本尊には決して触れない
触れても仕方ないから

楽しんだもの勝ちだとか言う人がいる
それは間違ってない、真実のひとつだ
もちろん私もプロをやめてからは一介の立派なオタの一人
そこそこネットをうろうろしてあれこれ物色する日々

まちがっても「魔法少女まどか☆マギカ」などという
萌えしか狙ってないようなタイトルのアニメを
これだけの状況で見ようなどと思うわけもなく
すごしていた一年前…

まどかの画像と識別できるほど、この作品に詳しくないにも
かかわらず、しょっちゅうあちらこちらで共通の画像が
眼に飛び込んでくるようになる
そして、頭の中である種の分類機能により
それが同一作品のキャプ画像であることに気づき始めた

絵をつなげていくうち焦燥感が湧き上がった
なにかが動いている様相が見えてきたからだ
残酷なシーンを意図的にいれて興味を引くだけの
作品というのもあるので油断はできない
それは先の萌えを猟奇に置き換えてるだけなので
構造的には同じなのだ
見たいのは歯車ががっちり組み合って回転していく「劇」だ
そしてそんなものは絶滅種といってもいいほど少なくなってる

当時はアナログ放送でパソで録画できる環境があったので

録画してみる

八話ということだった

最近のアニメはワンクールが主流らしい
ちょっと有名か、有力タイトルでツークール
この作品は全12話らしいので
もうほとんど終盤である

つまらない(自分の趣向として)ならばどうでもいい
でも、面白かった場合…!
その後悔の度合いは、計り知れない
これは過去の実体験による経験則だ
犯人をしってしまってから推理小説を読むようなもんだ
あと、私はかなりの枚数、キャプ画像を見てしまってる
画像というのはアニメであるならばその前後は用意に推測できる
あるいはシーンすら見通せる(これをわかってないとシナリオはかけないが)
まずい…失敗したのか…?

このようなネット時代、探せば一話からみれないだろうかと思い探す
行きつけのニコニコで取り扱っているのを発見
有料視聴というのにふみきる
順番に見るべきだし、なんかMADなんかをつまみ食いして本家を見た気になって
コメントしてる層もいるようだが、そんなの攻略本みてゲームせずにいる人と同じだ

見始めてから涙が止まらなくなった
別に三話のラストではない…七話でも八話のラストでもない
自分がアニメを見ていることそれ自体に衝撃を感じた
自分が再びアニメを視聴するなどという現実が信じられなかった
見れる!見ている!しかも面白い…何度も見てしまう
台詞も進行もちゃんと見てとれる
しかもこのネット時代、先読みがひどい
まともに進行するとあっという間に芽をつぶされてしまう
先のみえみえなドラマほどつまらないものはない
しかも人間がつむぐドラマというのは音符のように数が限られている
見ている方は絶対先読みするし、それをネットでやられるとほとんど
破壊的にそこを割られてしまうという環境があるのも事実

昨今の作品(アニメに限らず)なんかが超展開とか意味不明のシーンをやたら多用したがるのも
この辺の事情があり、脚本の作り方をねじ曲げる
結果萎縮もして変な台詞の羅列になってしまう面もあるだろう

しかし、その最大級の逆風状態の中にあって
まるで楽しむかのように先読みの材料をコレでもかと撒き散らし
微動だにせず着々と物語を進めていく脚本に愕然とする
(ワルプルギュ…のような)

私はこの原作者を知らなかったのだが
ある筋では有名らしい

なるほど、盲点であった
探していたエンジンはそんなところにあったのか 
そういえばソノ分野は脚本の塊ではないか
しかもその業界は粗製濫造しているから
育つ環境としては申し分ない
カオス状態というのは必要なファクターだ

聞けば聞くほど「萌え」なんかと正反対な原作者なのだが
このマッチングはどうよ

音楽も、「何で?」といいたくなるほどすばらしいし
作画はもちろん上記のごとく文句をいうものでは決してナイ

なにより筋を追いかけるあの快感をおもいださせてくれた
この作品にどっぷりつかったのはこの一年前の今頃だった

永遠に失われたのは7話以前をクリーンな状態で
視聴するチャンスを失ったこと
三話の衝撃を自分も味わいたかった
でも、仕方ない

やがて来る九話を待ちつつ
11日がやってきてグダグダの内に視聴することになる
10話を見ることになる

いろいろな意味で衝撃的な作品であった

私が画面に食いつくという実体験を
したのもこの作品ということになる
好きなあらゆるメディア、本、映画、曲、テレビ、
あるいはアニメなどがあるが
超絶絶対的に食いついたのは
11話のラストが、うまれて初めてだった

この話はちょっと続けるかも
さっさと背景を描け
posted by takamizu at 14:19| Comment(0) | 作成過程

2012年02月19日

二月中盤最終

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現在 背景残り32枚

この32枚は結構きつくなってまいりました
単純一枚ものはほぼなくなって、後は描かないといけないものがほとんど
あと10日だが、休みの日は二日間のみ
はたして今月で決着するだろうか…?
posted by takamizu at 23:11| Comment(0) | 作成過程

2012年02月18日

なんか寒くて気がめいる

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現在残り背景枚数60枚
…と、いったところか…

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なんとももどかしい
ああっ、はやくおわってくれ〜
牛の歩みのごとく
まー、すすまないのなんのって
いや、すすんではいるのだが
そのおそいことおそいこと

時間がナイ

気落ちする事ばかり起きているし
イヤンなっちゃうわね、まったく

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さて、劇場版のうわさも気になるがまったくサーチもしていない
「まどマギ」ではあるが
総集編が二本で一本は新作だとか
と、すれば三本目の新作は「つづき」なのかっ?
あいつと決着をつけるのか?
本編でまったく手をつけずにうやむやにした部分があって
そこをやるのだろうか
構成から言ってサイドエピソードではあるまい

劇場にはいけそうにないが…たのしみではある





posted by takamizu at 22:40| Comment(0) | 作成過程